INTERVIEW

INTERVIEW 008

2020 Jun 15

医療ほど社会に影響を与えるテーマはない。このマーケットが抱える難しい課題を、巨大なプラットフォームとプロダクトマネジメントを武器に解決していく。

山崎聡氏(エムスリー)のプロダクトマネージャーインタビュー

PROFILE

エムスリー株式会社 執行役員 Vice President of Engineering / プロダクトマネージャー 山崎 聡 氏

大学院博士中退後、ベンチャー企業、フリーランスを経て、2006年、臨床研究を手がけるメビックスに入社。2009年、メビックスのエムスリーグループ入り以降、エムスリーグループ内で主にプロダクトマネジメントを担当する。2012年にグループ会社であるシィ・エム・エス取締役に就任。2015年にデジカルを共同創業、2017年にVPoEとなり、2018年からエムスリーの執行役員。現在はプロダクトマネージャーとして自ら新規プロダクトに関わりつつ、執行役員 VPoEとして、エムスリーグループを横断してプロダクト志向の開発プロセスおよび組織化を推進。2020年4月からはエンジニアリンググループに加えて、ネイティブアプリ企画部門のマルチデバイスプラットフォームグループと全プロダクトのデザインを推進するデザイングループも統括。

エンジニアバックグラウンドを持つPdMがより重要に。

及川

いまエムスリーでは、プロダクトマネジメントの観点からどのような課題を抱えていらっしゃるのでしょうか。

山崎

現状での当社の課題は、企画バックグラウンドのプロダクトマネージャー(PdM)に加えて、エンジニアバックグランドを持つPdMをもっと増やしていきたいということですね。

及川

その背景を教えていただけますか。

山崎

当社は2000年の創業以来、2つの側面から事業を拡げてきました。
 
ひとつは、医療従事者にニュースやコンテンツを提供する情報ポータルの「m3.com」で、メディアとしての側面です。
 
もうひとつは、パーミッションを取得した医療従事者に向けて必要な医薬品の情報を配信する「MR君」や「Web講演会」などWebアプリケーションとしての側面です。
 
すなわち、メディア的な側面で集客し、アプリケーション的な側面でさらに詳しい情報を届けるというコンビネーションによって、我々は医療従事者の間で強固なプラットフォームを築くことができました。ですから、本来2つのタイプのPdMが必要なんです。
 
プラットフォームをメディアとして進化させ、グロースハックを追求するタイプのPdMと、その上で動くWebアプリケーションやモバイルアプリケーションをゼロイチで作れるタイプのPdM。それぞれ求められる知見は異なりますが、私がエムスリーの事業に関わるようになった2009年当時、社内では企画バックグラウンドのPdMが主流で、アプリケーション開発をリードできるようなエンジニアバックグラウンドのPdMはほとんどいなかったですね。

及川

エンジニアバックグラウンドのPdMが少ない状況で、「MR君」はどのようにして開発が進められたのですか。

山崎

創業当時はビジネスサイドから提案されたビジネスモデルを、企画バックグラウンドのPdMが製品仕様に落として、エンジニアが形にする形式が多かったと聞いています。
 
リリース後はビジネスサイドが集めてきた顧客のフィードバックとA/Bテストなどをインプットとして、企画バックグラウンドのPdMがPDCAの施策を提案し、プロダクトチームはROIの高い順にとにかく実装していくというスタイルが主流でした。
 
この手法はビジネスモデルが強力な場合はメリットも多いのですが、プロダクトがより多様化し、差別化により競争優位を保つ必要がある昨今は、ある種のデメリットもあると感じています。

及川

そうした方法でプロダクトを開発している企業はいまでも多いですね。黙っていても案件があるので、リスト化されたバックログを上からこなしていくだけでプロダクト開発が進んでいく。アーリーステージならそうしたやり方でも回っていく。

山崎

エムスリーでトップレベルのPdMは代表の谷村(格氏)なんです。
 
「MR君」や「Web講演会」もそうですが、誰のどんな問題を解決すべきか、誰をどれだけ幸せにするかというプロダクトの本質を彼が定義するんですね。
 
そうして解決すべき課題が設定されると、ビジネスサイドのメンバーが、市場規模や顧客ニーズ、本質的な課題がどこにあるのかを調査していく。ビジネスサイドは戦略コンサルの出身者が多く、そうした分析に長けた人間が集まっています。
 
そして、企画バックグラウンドのPdMがそれに対するソリューションの検討やITでどう実現するのかおおよそ道筋を立て、エンジニアが実際に形にしていくという流れです。
 
この進め方が悪いとは思いませんが、エンジニアバックグラウンドのPdMがこれをサポートできれば、システムやアプリケーションの面でさらに強力なソリューションが生み出せる可能性がさらに高まります。
 
特に新しいプラットフォームを構築したり、動画配信やクラウド対応、スマホ対応などの新たなアプリケーションの開発が必要とされる時代には、やはりエンジニアリングの知見を持つPdMがプロダクトに関わったほうが絶対にクオリティが上がると思っています。

エンジニアバックグラウンドのPdMは、市場性調査からプロトタイプ作成まで一貫して担う。

及川

以前はエンジニアバックグラウンドのPdMがほとんどいらっしゃらなかったとのことですが、いつ頃から社内でこのポジションが確立されたのでしょうか。

山崎

私が2009年にエムスリーに参画してしばらく経った頃、電子カルテ事業に参入することになったんですね。ビジネスモデルの実現が中心となるようなメディア系サイトの拡張はむしろ企画バックグラウンドのPdMが得意とする分野だと思いますが、クラウドのような新しいテクノロジーをベースにしたプロダクトの開発は、やはりエンジニアバックグラウンドのPdMほうが得意な分野であり、エンジニアとの連携も含めて様々な側面で進めやすい。
 
そこで、私のようなエンジニアバックグラウンドの人材がPdMの役割を務め、アジャイルベースのプロダクトマネジメント手法を導入するようになりました。2015年の秋にこのクラウド電子カルテ「エムスリーデジカル」をローンチして以降は、エンジニアバックグラウンドのPdMというポジションが社内で確立されています。

及川

では、現在エムスリーにおいてPdMがどんな役割を担い、どのようにプロダクト開発に関わっているのか、具体的に教えていただけますか。

山崎

エムスリーのPdMが手がける領域は大きく2つあって、ひとつは既存のプラットフォームに搭載する新しいサービスをどう作るかということで、もうひとつはクラウド電子カルテのようなゼロイチの新しいサービスをどう作るかということ。
 
建築に例えると「増築」と「新築」のようなイメージでしょうか。必ずしもそうではありませんが、それぞれの得意分野から、比較的「増築」は企画バックグラウンドのPdMが手がけ、「新築」はエンジニアバックグラウンドのPdMが手がけることが多いですね。
 
今回はエンジニアバックグラウンドのPdMがテーマなので「新築」のケースを紹介しますと、まず谷村をはじめ社内の各所から「この問題を解決できないか」という課題が提起されるんですね。それを議論してチャレンジする価値があると判断されると、ビジネスサイドのメンバーとエンジニアバックグラウンドのPdMが組んで市場性を調査し、どのぐらいのインパクトを医療にもたらせるのか、結果としてどのぐらいの収益が見込めるのか、それを明らかにするところから開発がスタートします。
 
その後はPdM主導でペーパープロトタイピング、すなわち概念を表現した図表や、ソリューションに至るストーリーを作成し、ターゲットとして想定されるユーザーへアンケートやインタビューを実施して反応を収集します。アンケートの設計やインタビューの設定などもPdMが自ら行います。

及川

御社では、ユーザーからの反応を収集分析するUXリサーチャーはいらっしゃるのですか。

山崎

UXについては専門の人材を抱えていないのが実情です。最終的にユーザーがどのような体験を得るかという概念を考えるのはPdMの役割ですが、それを形にしていくのは本来、プロダクトデザイナーが担うべき仕事なので、今後はプロダクトデザイナーの採用にも力を入れていきたいと思っています。
 
こうしてペーパープロトタイプでニーズを確認した後、実際に動きのあるプロトタイプを作り、再びユーザー調査を行って、高い評価が得られた場合にMVPの開発に着手する、というのが一般的なプロセスです。

ローンチ後にプロダクトをもう一段ジャンプさせるのも、PdMの重要な役割。

及川

プロダクトマネジメントのどの段階からエンジニアが関わってくるのでしょうか。

山崎

本格的にエンジニアが関わってくるのはMVPを開発する段階からですね。私は早い段階からあまりエンジニアを巻き込み過ぎないように注意しています。
 
というのも、エンジニアに早い段階から関わってもらうと、みなIT系のイノベーションが大好きなので、とにかく作りたがる。その後の市場調査であまり有望ではないと判断された時には、すでに作り過ぎていてリソースを無駄に費やしてしまうことも多い。MVPを開発する時も、とにかく作り過ぎないようにエンジニアに「1~2週間で作ってほしい」というオファーを出しています。

及川

「新しいものをこだわり抜いて作りたい」というのはエンジニアの性分なので、放っておくと納得いくまで延々と開発し、ローンチが遅れるというのはよくあるパターンですね。

山崎

それもありますね。1~2週間で作ってほしいとリクエストすると、じゃあサーバーサイドには手を付けず、S3にJSONを置いてバッチで更新しようという話になる。フロントもとりあえずクロスプラットフォームのアプリをFlutterなどでサクッと作って実現可能性だけを検証し、本番では作り直せばいいと。
 
エンジニアから見ればかなりの無茶ブリだと思いますが、そうした制約が逆にイノベ―ティブなプロセスを生み出し、顧客の課題を解決する真のプロダクト開発に繋がります。
 
こうしてMVPを作り、ファーストユーザーに想定しているユーザー層から評価を得れば、ローンチしてプロダクトを育てていくことになります。

及川

ローンチ後、プロダクトを育てていくためにPdMはどのように関わっていくのでしょうか。

山崎

いちばん重要なのは、プロダクトマーケットフィットをしていく上で「ユーザーのどの声を聞き、どの声を聞かないのかを判断すること」ですね。
 
ユーザーの声に合わせてプロダクトを改良していくのは大切なことですが、そのユーザーを本当に獲得したいのかを見極めなければならない。本当にターゲットにしたいユーザーの声だけを反映させていかないと、我々が当初に掲げた課題を解決できなくなる可能性が高まります。
 
そこでビジネスサイドと喧々諤々の議論になることも多いですね。ビジネスサイドは新しいユーザーを一件でも獲得したいので、市場の声をすべて反映させたがる。でも、それをやってしまうとプロダクトの本来の価値が下がってしまう。

及川

事業がさらに広がる可能性もあるなか、プロダクトの価値を上げるためにターゲット以外のユーザーを排除していくというPdMの考えを貫いて、社内のコンセンサスを得るのは難しいようにもお見受けします。

山崎

これはエムスリーの良い文化だと思うのですが、当社は誰か特定の人間が最終的な意思決定を担うというスタイルではないんです。必ずそこに関わる全員の意見を尊重し、最終的には合意によって意思決定がなされる。代表の谷村から命令が下されることもない。
 
ビジネスサイドの事業責任者とプロダクト開発のPdMは対等の立場であり、とことん議論し、どのような判断がエムスリーにとって最善なのかを決めていく。まさに正論が通る文化なんですね。

及川

御社の場合、事業に対するミッションやビジョンがきちんと共有され、互いの信頼関係が構築できているからこそ、そうした合意による意思決定が可能になるのだと思います。

山崎

そうですね。ですから新しいPdMを採用する時も当社のミッションやビジョンへの共感や、互いに尊重しあう姿勢を持っているかどうかを非常に重視しています。

及川

ローンチ後にプロダクトを成長させていくプロセスにおいて、PdMの力が求められる機会は他にもありますか。

山崎

プロダクトを次の段階にジャンプさせるための戦略立案も、PdMが果たすべき重要な役割ですね。ローンチしたプロダクトは、ある段階まででは直線的伸びるんです。それを次の段階でもう一段階アップさせないと、爆発的には普及しない。半年に1度くらいのタイミングで新たな打ち手を繰り出していく必要があります。
 
当初掲げた思想に則って、そのプロダクトがさらに解決できそうな課題を発掘してソリューションを設計し、エンジニアやデザイナーを指揮してそれをまた形にしていく。そしてPdMの最後の仕事は、自分のポジションをきちんと後進に託すこと。
 
いま社内では新規事業が続々と動いていますので、ゼロイチが得意なPdMには次の案件が待っている。それまで関わっていたプロダクトは、自分の下で経験を積んだサブのPdMに任せ、コーチ的な立場としてチームから少しづつ離れることになります。
 
ですから、世の中の課題を解決する優れたプロダクトを沢山生み出すという意味で、後進の育成もPdMの重要な仕事だと思います。

解決すべき課題と、社会に提供できる価値が明確なのがエムスリーの魅力。

及川

先ほど山崎さんは、エムスリーのPdMが手かげるのは「新築」と「増築」があるというお話をされましたが、プロダクトをさらにジャンプさせる「増築」は、実は「新築」に負けず劣らず難度の高い仕事ですよね。
 
クレイトン・クリステンセンが書いた「イノベーションのDNA」でも触れられていますが、イノベーター人材の定義は企業の成長段階で変わり、最初はゼロイチの発見力が重要で、その次は実行力。そしてもう一回事業を伸ばすための二度目のゼロイチが求められる。
 
「増築」を担うPdMは、まさに二度目のゼロイチを果たすポジション。持続的に事業が成長しているなかで、さらにジャンプさせるための手を打つのは勇気が要りますし、拙い手で前任が築き上げてきた事業を壊してしまうかもしれないという怖さもある。そこに果敢に挑み、ゼロイチを発揮できるPdMを育てるのは非常に難しいことだと思います。

山崎

それは私も苦労しています。PdMを育成していく上で最近掴んだ感触としては、初代から2代目にいきなりスイッチするのではなく、一定期間、一緒に仕事をして手本や勘所をちゃんと見せてあげるのが有効なんじゃないかと。
 
先ほど言った通り半年ごとにプロダクトをジャンプさせるタイミングが訪れるので、そこでゼロイチができるPdMの仕事ぶりに直に触れてメソッドを学び、2代目が成長できる環境づくりを図っています。

及川

「新築」においても「増築」においても、やはりゼロイチができるPdMを御社は必要とされているのですね。では、どんな人材がエムスリーにフィットするのでしょう。

山崎

医療の世界でまだ解決されていない課題に対し、果敢にチャレンジしようとする姿勢、しかもそれを仲間とともに成し遂げようとする人に期待したいですね。

及川

確かに医療の世界はまだまだ課題だらけですよね。医療は規制産業であり、国や医療機関、製薬企業、そして患者の方々などステークホルダーが多く、その関係性が複雑なので、課題を解決するためのハードルがきわめて高い。
 
でも、単純な問題を解くのはあまり面白くない。難易度が高いからこそ、それを解決した時の喜びは大きい。エムスリーのPdMはそんな醍醐味を堪能できるポジションだと思います。

山崎

逆に質問させていただきますが、及川さんの目からご覧になられて、世の中で一流と呼ばれるPdMはエムスリーのどんなところに魅力を感じるでしょうか。

及川

自分がどんな価値を社会に提供できるのかが明確なのが、やはりエムスリーの大きな魅力ではないでしょうか。
 
医療は誰でも自分事として捉えられる。「健康で長生きしたいか」という問いにNoと答える人はまずいない。それをITでかなえていくのは、本人にとっても社会にとっても、本当にチャレンジする意義のあることだと思いますね。

山崎

おっしゃる通りで、エムスリーの初代CTOのBrianがかつて話していたことなんですが、なぜ難しい医療の分野で敢えてイノベーションに挑むのかと言えば、それが自分の大切な人のためになるからだと。私もまさに同じ想いです。

及川

そしてもうひとつ、エムスリーの大きな魅力は、医療の世界における強力なプラットフォーマーであることですね。
 
医療系のベンチャーはたくさんありますが、難しい課題を解決しようと図っても、それができる土台がない。
 
エムスリーは医療従事者の9割の方々が関わるプラットフォームを有し、巨大なコミュニティを形成し、そこにITで新しい仕掛けができる強力なエンジニアチームも抱えている。医療業界におけるGAFAのような存在だといっても過言ではなく、どんな課題も解決し放題だと思いますね。

山崎

ありがとうございます。及川さんがおっしゃられたように、エムスリーはとても大きな可能性を秘めた存在だと思います。いまエムスリーはエンジニアバックグラウンド、企画バックグラウンドともに優秀なPdMを求めています。医療業界の経験は不要です。
 
一緒に困難に立ち向かい、世界が待ち望むイノベ―ティブなプロダクトを創り出していく、そんな同志にぜひ参画していただきたいですね。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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